府中まちコム

思い出アルバム

時を経て、今はもう見ることができなくなってしまった風景の数々。

記憶の中に埋もれていた物語が、写真と共によみがえります。

燃料廠引込線の跡

2014年6月2日(月)  戦前、中央線から多摩川に行く砂利線(現在の武蔵野線)があった。途中から東に入る枝線があり、陸軍燃料廠(現在の自衛隊基地)まで引かれていた。  晴見町団地と農業高校との間を抜けていく道で、現在は…

新田義貞の分梅河原古戦場碑

2014年5月28日(水)  古戦場碑はかって分梅町二丁目のいきいきプラザの向かい側に立っていた。道路拡張で今は移転して高速道路の南側になっている。  分倍の駅は傾斜地に立っているが、この傾斜は立川崖線、武蔵野平野の辺縁…

多摩川の堤防が決壊した日

2014年4月6日(日)  昭和49年9月1日、多摩川が氾濫して狛江で堤防決壊、新築の住宅が波に飲み込まれて行った。  その日私は仕事終わって夕方、多摩川を見に行った。  写真は関戸橋の上から上流京王線の鉄橋方面を撮った…

砂利線の記憶

2014年4月3日(木)  昭和45年頃、東京へ多摩川の砂利を運ぶ鉄道があった。砂利が枯渇して線路は東京競馬場行きになり、今では武蔵野線になっている。  写真は砂利線の車庫か操車場、今では場所がわからなくなったが、南町の…