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作成日 2018.01.09

この記事の分類 場所・施設, 府中絵日記

本宿村の常夜燈

本宿村の常夜燈2018年1月9日(月)
 正月の人出が煩わしくて家にこもっていたが、今頃になって外に出たくなり、大國魂神社から旧甲州街道を何となく西へ歩き続けていくと、鎌倉街道にぶつかった。そろそろ向きを変えようかと思いながら交差点を渡ると、石燈籠がぽつんと立っていた。

 由来書によると、もとは隣地にあったのが都道新設で移転したとある。道路の新設で町並みが変わるのは仕方ないとしても、こうして燈籠が残されているのは、歴史好きには嬉しいことだ。

 由来書は平成2年2月付。誰が書いたのか知らないが、この石燈籠のいわれが簡潔明瞭に書かれていて、なかなかの名文だと思った。以下に書き写しておく。

「甲州街道は往古水田地帯を通過していた。その古街道が廃され現在の街道と家並みができたのは17世紀半ば、慶安から寛文の頃であった。しかし大地は水に乏しく人々は度重なる火災に苦しんだという。ついに本宿村では「講」を作り遠江の秋葉神社で「火伏せ」の祈祷をなし、寛政4年、1792、この地に常夜燈を設けた。
 村内に「番帖」講中の氏名を列記した木板を廻し毎夕刻受領者は必ずこの燈籠に火を点して無事を祈り隣へと引きついだ。
 爾来一世紀半に亘り村人の祈りは続けられたが太平洋戦争末期、灯火管制が強化されて廃止となった。」

 常夜燈は今で言うと夜道を照らす街灯だろうが、この地では「火の用心」を促す役目もあったということか。興味深く感じた。

(田中則夫)