時の流れゆくままに・10 | 府中まちコム
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作成日 2021.12.13

この記事の分類 府中絵日記, 随想

時の流れゆくままに・10

2021年12月13日(月)

――恋愛とは美しき誤解であり、誤解であっても差支えありませぬ。そして結婚生活とは恋愛が美しき誤解であったといふことへの、惨憺たる理解であります。――

 この辛辣そのものの一文は、私がまだ学生だった頃に一世を風靡した文芸評論家、亀井勝一郎の名著、「愛の無常について」の中に記されている箴言(しんげん)である。高校時代、最後の肉親だった母方の祖父母を相次いで失い、天涯孤独の身となった私は、心の拠り所を何処にそして何に求めるべきかで悩んでいた。そんな折、たまたま出合った一冊の文庫本こそが、角川書店版のこの「愛の無常について」なのであった。

 未熟な言語力しか持ち合わせなかった当時の私の胸中を、その本の一文一語は見事なまでに代弁してくれたばかりでなく、将来に向かってどう歩むべきかを示唆もしてくれていた。深く感銘した私は、その名著の隅々までをそらんじるくらいに読み込んだものである。その結果、亀井勝一郎は若き日の自らの文学上の導星となった。

 その亀井勝一郎の墓が多摩霊園内にあると知ったのは、府中に住み着いて随分と経ってからのことである。東八道路寄りの一角にあったその墓所を探し当て、墓碑に向かって合掌しながら、ご生前直に尊顔を拝することはなかったその御霊に感謝の祈りを捧げもした。

 だが、今秋久々に多磨霊園に立寄ると、もうそこに亀井の墓はなかった。2018年、親族の意向で浅草浄土真宗本願寺へと改葬されたらしい。まさに「無常」――人間の儚い慈愛に代わるものとして亀井が仏性に求めた久遠の慈悲もまた、常に移ろう存在のようである。かつてその墓所には、「歳月は慈悲を生ず」という彼の言葉を刻んだ碑が立っていたものだ。

(本田成親)