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作成日 2022.10.08

この記事の分類 府中絵日記, 講座・スクール

府中駅舎の今と昔

現在の府中駅舎

2022年10月8日(土)

「ウソ?本当? 史実と伝承」と題した「郷土の森博物館」の連続講座の、本日は最終回。府中に越してきてもう長いのに地元の地理や歴史に疎いので、市内に伝わるあれこれの真相を明らかにするというスリリングな展開が毎回楽しみだった。

最終回で取り上げたのは「玉南鉄道の府中駅はどこにあった?」という謎。府中止まりだった「京王電気軌道」と西進を目的に設立された「玉南鉄道」は軌間が異なるため府中駅で乗り換えなければならなかったのだが、その際にケヤキ並木を徒歩で横断する必要があった、という言い伝えは本当か嘘か。

人も貨物も通りを挟んだ向こう側の駅舎まで移動するのはいかにも不合理。実際は、ほぼ同じ場所に駅舎が建てられていた。「神社の聖域である参道を鉄路に横切らせるなんてありえない」という説は誤解だったようだ。市民にとって、というより沿線の商店、神社仏閣、観光業者にとって、鉄道直結の恩恵は神のご加護より遥かに大きかったということか。

京王線が免許を取得したのは明治の終わり頃という。府中と国分寺をつなぐ南北ルートも計画されたらしい。路面電車だから、今から見ればかわいいものだが、実現を夢見た人も多かったのかもしれない。

現在の駅舎はモダンな造りだが、あらためて眺めると、往時の面影をほのかに漂わせているような気がする。

(関口まり子)