時の流れゆくままに・67 | 府中まちコム
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作成日 2026.09.05

この記事の分類 府中絵日記, 随想

時の流れゆくままに・67

「天使こと転詞の辞典」草稿より抜粋

(諦める)
それまで自らの精神や行動を抑制していた、目的などと称される対象物から解き放たれ、自由で新たな人生行路へと向かって一歩を踏み出すこと。ともすると負の行為に思われがちではあるが、長期的な視点に立ち、冷静沈着に思いを廻らせてみると、むしろ美徳にも繋がるような賞賛に値する振舞いだとも言えよう。諦めの悪い人間、すなわち甚だ執着心の強い人間が、周りの人々に何かと迷惑をかけることの多い実情に鑑みて見ても、それは確かなことであろう。

(石の活用法)
日本がまだ戦後とも呼ばれていた一昔前の時代、当時の田舎育ちの悪ガキどもにとって、小石は、常々面従腹背している、厳しいうえに意地悪で暴力的な教師に対応するためのまたとない小道具であった。当たっても大怪我はしない程度のごく小粒のものを選んで、歩いて帰宅中の相手に向かって遠く離れた物陰からそれを投げつけるなどという方策もあったりはしたが、それは決して利口な手法だとは言えなかった。

最も効果的だったのは、悪ガキどもが秘密裏に連携して行う特殊かつ巧妙このうえない手口であった。当時の田舎の小中学校のトイレは、どこも汲み取り式のいわゆる「ぽっとんトイレ」であった。まだ溜まった大便や尿が作物用の肥料として使われていた時代のことで、家庭科の授業などでは、学童や生徒自らが、大きな汲み取り口を開いては大柄杓(おおびしゃく)で中の汚物を肥桶に汲み取らされたものである。そして、その桶を担ぎ棒に吊るして二人一組で学校内の実習用農園まで運び、小柄杓で生育中の作物に肥料として撒布させられるのが常だった。文字通り実習と汲み取り清掃作業を兼ねた生活学習指導授業ではあったのだ。ただ、何事にもおまけは付き物で、そんな中で、悪ガキどもはちょっとした知恵をつけていったのである。

問題のその手口とはこうである。昼休みや放課後の時間帯などに、狙いをつけた教師が大便のためにトイレに入るのをじっと待つ。そして、見張役としてトイレ内で小用を足す振りをしていた悪ガキの一人が、頃合いを見計らって、外で控える仲間に向かって問題の教師が入ったトイレの位置とともに、懲罰決行OKの合図を送る。合図を受け取った仲間の連中は、すぐさま教師が入っているトイレの汲み取り口に向かい、一人が大急ぎでその蓋を開けると、他の一人か二人が、中の便槽に向かって、用意しておいた手ごろな石を勢いよく投げ込む。次の瞬間、バシャーンという音がして、糞尿の混じった飛沫が用足し中の教師の下半身部に向かって激しく飛散する。

トイレ内にこだますギャーという叫び声を聞いた悪ガキどもは、大急ぎでその場から一斉に逃げ去り、素知らぬ顔で他の学童や生徒の中に紛れ込む。トイレの中で飛沫を浴びた教師は直ぐには出てこられないし、後始末にもそれなりの時間を要するから、悪ガキどもが姿をくらます余裕は十分にあった。もちろん、悪ガキ同士や、彼らと他の学童・生徒間との連携は教師らが想像している以上に堅固だったから、あとになって犯人を追及しようとしても口が堅くて判明は難しかった。仮に怪しいと思う悪ガキがいても、確証を得るのは至難の業だったものである。ただ、残念ながら、現代ではもうそんな小石の活用法は完全に消滅してしまった。

(占い師)
先々その予言のほとんどが事実ではないと判明することを承知のうえでもっともらしいことを並べ立て、言葉巧みに庶民を操って暮らしの糧を得る人物たち。真に予言能力があるのなら、とっくに各種賭博や宝籤などで大儲けし左団扇の生活を送っているはずで、街頭にあってそんな職業などやっているわけがない。ただ、困ったことに、お人好しの庶民はそんな占い師の予言のひとつが偶然に当たったりすると、その人物は偉大な霊能者だなどと崇めるようになったりもするから厄介なのである。もし占い師に接する機会があるようなら、「貴方の未来を占ってみせてください」と頼んでみるのも一興だろう。

(本田成親)