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作成日 2016.10.02

この記事の分類 府中絵日記,

菅原克己と野川

野川2016年10月2日(日)
 雨続きの合間の思いがけぬ快晴の日曜日。野川を歩く。木陰は爽やかな風が抜けるが、じわっと汗ばむ陽気に名残りの夏を感じた。詩人、菅原克己が残した野川の詩を思い出す。

   美しい夏
  国に手紙を出し、
  下駄を鳴らして
  野川の橋をわたった。
  道ばたにクレオメの花が咲き、
  小さい家々に
  よく風が通り、
  簾や風鈴をさげて
  お父さんやお母さんが話ししていた。
  こどももいた。
  ほんとにみんな倖せそうで
  思わず見とれてしまうのだった。
  それから薬屋に寄った。
  ウイスキーが効くという話を思い出して
  酒屋にも寄り、
  夜になると
  薬をのんで
  ひとりで酒もりをした。
  小さい家、
  簾と風鈴、
  かんざしのような花、
  ほんとにこの世って
  いいところだった、
  と思いながら眠った。
  そして、ひとりでそっと、
  死ぬまで眠っているのだった。

 この詩をうっとりするほど美しいと賞賛する人がいて、ずっと落ち着かない気がしていた。クスリとウイスキーを買うのは「眠り」を確実にするための準備だろう。「ほんとにこの世っていいところだった」と過去形で語り、そして、死ぬまで眠り続けるのだという。眠りの後に来るのはまぎれもなく、死だ。

 深い孤独と抗いがたい死の誘惑。しかし、詩人は眠りから覚め、そして詩を書く。絶望を抱えてなお生きていくしかない。「美しい夏」はけっこう恐い詩なのだと思う。

(関口まり子)