時の流れゆくままに・60 | 府中まちコム
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作成日 2026.02.05

この記事の分類 府中絵日記, 随想

時の流れゆくままに・60

 「天使こと転詞の辞典」草稿より抜粋

(大学)
今や玉石混交とは成り果て、その理念や本分、存在意義などが再検討されるべき段階に至った高等教育や学術専門研究の機関。「大学」とは名ばかりで、その実態が「小学」化してしまっているところも少なくない。近年では、各種公務員やマスメディア関係者らが自らのキャリアにハクをつけるための便宜的転職先としても知られるようになった。本来あるべき学術専門研究などとはおよそ無縁であるにもかかわらず、昨今異常なまでに拡大された実務家教員採用枠なるもの所為で、その種の大学教員が急増かつ跋扈するようになったのは大問題である。一定数の実務教員は必要だが、限度というものは存在するはずだ。その余波や煽りを受けて、真摯に純粋な学術研究に挑もうとする若手人材が運営費不足などの理由で排除され、結果的にこの国の専門的学術研究水準は低下の一途を辿っている。

(誓い)
端的に言えば、始めから守ることなど不可能だとわかっている約束事を神仏の前などで仰々しく掲げ唱える行為。その性質上、誓いなるものが破られるのは時間の問題である。どうせなら、その誓いの言葉を述べる際、それと並行して心中深くで「でもこの約束事はとても守り通すことなどできません」とでも呟いておけば、少なくとも嘘をついたことにはならないだろう。それゆえ、のちのち神仏からも大目に見てもらえるに違いない。

(尽き果てる)
それは新たな創造の始まりを意味する。愛が尽き果てる、友情が尽き果てる、金が尽き果てる、運が尽き果てる、そして遂には命までもが燃え尽き果てる――それらの先にあるのは救いなど皆無な、悲哀と絶望に満ちみちた世界であるように思われる。しかし、冷静になって考えてみるがよい。愛や友情が尽き果てることによって新たな人生観が生まれてくる。金や運が尽き果てることによって、新たな創造のエネルギーが芽生えてくる。命が尽き果てることによって、そのあとに続く者たちに新たな精進の場がもたらされる。諸行無常――尽き果てるという事象もまた無常の世界の一環にすぎないゆえに、それは必ずや何らかのかたちで新たな創造の端緒となっていくに違いない

(テレワーク)
COVID―19(コロナウイルス)の大流行とともに一躍クローズアップされるようになった業務遂行スタイルのこと。ただし、直接に人間の関わりが不可欠な農業、漁業のような第一次産業や、各種製品生産工業、食品加工業のごとき第二次産業にとってはこの種の業務スタイルは無縁な存在に過ぎない。将来的に第一次産業や第二次産業もテレワークができる時代がくれば、人間は直接的な心身の労苦を味わうこともなくなるのだろうが、多分その先に待っているのは、頽廃した社会の出現とそれに続く人類滅亡の道であろう。

現在テレワークが評価されているのは各種情報産業、金融業、サービスの一部のような第三次産業や大手企業の事務処理部門などにすぎないのだが、政府当局の発言や諸メディアの報道ぶりをみていると、国内総ての業務がテレワークで代替できるみたいなことを訴えかけようとしているふしがある。コロナウイルス対策に窮した政府筋とそれに追随する大手メディアの苦肉の策ではあったのだろが、国民も随分と舐められたものである。かつての中国文化革命時の政索に倣うわけではないが、この際、中央行政界やマスメディア関係者を中心とした第三次産業所属の面々には、一時的にでも第一次産業や第二次産業に身を転じて、テレワークでそれらの業務が処理できるかどうか確かめてみてもらいたい。その過程で国内の生活必需品の供給が滞り、国民が皆しばし困り果てる事態に陥ったとしても、それは将来の社会の展開に対応するための貴重な体験だと受け止めていくしかない。

(本田成親)