時の流れゆくままに・7 | 府中まちコム
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作成日 2021.09.12

この記事の分類 府中絵日記, 随想

時の流れゆくままに・7

2021年9月12日(日)

暗闇について愚見を述べたが、実を言うと、昔ながらの闇夜は最早国内には殆ど存在しなくなっている。日本アルプスのような高山地帯や青木ヶ原のような深い森林地帯であっても、頭上に広がる天空は昔日のそれに較べてずっと明るく、その分、夜空全体に浮かび輝いて見える星々の数も減少してしまっている。各地の離島などを訪ねてみても照明器具類がそれなりに配備されており、漆黒の闇との遭遇を期待するのは難しい。宇宙から撮影された日本列島一帯の夜間映像を眺めると、列島全体が明るく輝き浮かんで見える有様だから、今更、遠い時代の闇夜や満天の星空を望むのは所詮無理な話なのだろう。

そもそも、日常生活の安全性が優先・強調される近年の社会的な風潮の下では、暗闇というものには「悪」のイメージが付き纏ってしまう。明るさこそは善だとみなされるなかで、闇の空間の存在意義というものが失われていくばかりなのは残念なかぎりである。闇の中に身を置くと、視覚をも含む五感が鋭く研ぎ澄まされ、体内に眠る諸々の感性が蘇生されたりするのだが、進んでそんな体験を求めるむような人はもう皆無に近い。

その意味では、深閑とした闇の中に独り身を置き、どこからともなく聞こえてくる虫の音や微かな物音に耳を傾け、辺りに漂う大気の動きを全身で察知し、さらには微生物や苔類の放つ仄かな光や香りの感知を楽しむこの身などは、変人の類にほかならないのだろう。

(本田成親)