時の流れゆくままに・9 | 府中まちコム
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作成日 2021.11.13

この記事の分類 府中絵日記, 随想

時の流れゆくままに・9

2021年11月13日(土)

仲秋の名月の観られた夕刻のこと、私は関戸橋下流側の多摩河原に出向き、水辺近くの草叢脇に独り坐り込んで望月が昇るのを待つことにした。東の空には幾らか雲はかかってはいたが、幸いにも、薄雲の大きな切れ間から輝き昇る美しい満月を、深い感慨に浸りながら仰ぎ見ることができた。そして、そんな月影を望みながら、持参したハーモニカを取り出し、月に纏わる懐かしいメロディーを何曲か選んで吹き始めた。

するとその時、想定外の珍妙な事態が発生した。なんと、静まり返っていたすぐそばの草叢に潜んでいたらしい虫たちが、意地を張りでもするかの如く、高い声で一斉に鳴き始めたのである。どうやらハーモニカの金属的な音の響きに鋭く反応しているみたいだった。

まるでその有様は、自分らのテリトリーを侵す不届きな侵入者に対し虫たちが怒りに満ちた声で「ここは俺たちのショバなんだぞ! テメーなんざぁさっさと出ていきやがれ!」と、凄味ある警告を発しているかのようにも思われた。ハーモニカを吹くのをやめると虫の声もいったん静まり、吹き始めるとまた意地でも張るようにその鳴き声が高まるのも面白かった。

翌朝早くまた多摩河原に立つと、西空で静かに輝く名残の名月が眺められた。薄雲がかかっていたが、そのため月の回りに淡い虹色の輪傘が生じ、実に味わい深い光景であった。

麗しき虹の傘着て西空へ独り旅行く仲秋の月――(成親)

(本田成親)