時の流れゆくままに・11 | 府中まちコム
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作成日 2022.01.13

この記事の分類 府中絵日記, 随想

時の流れゆくままに・11

2022年1月13日(木

昨年11月12日、府中の森芸術劇場ふるさとホールにおいて、「平野啓子語りの世界 ― 源氏物語・愛と罪」が催された。平成9年度に文化庁芸術文化大賞を受賞し、現在は大阪芸術大学教授を務める平野さんは、沼津出身だが、府中市緑町育ちの府中っ子である。

歴史的な名著だとはいえ、現代日本人にとっては相当に難解な源氏物語の中から「愛と罪」に纏わる逸話の部分を的確に抽出し、主人公光源氏の本質全体が見事に浮かび上がるよう配慮された舞台構成には、深く敬意を表しもした次第である。また、その語り台本には瀬戸内寂聴氏の源氏物語現代語訳が用いられたのだが、たまたま公演3日前に瀬戸内氏が急逝されたこともあって、図らずもその舞台は故人の御霊の追悼の場ともなったのだった。平野さんの語りのオハコである「しだれ桜」も瀬戸内寂聴作なので、壇上の彼女の胸中や如何にと想いを廻らしたりもした。

学校教育課程において文学軽視にも近い改革が進み、日本国民の言語力低下が危惧される昨今、平野さんのような存在は貴重だと言ってよい。譬え国民の多くが安易な現代的カルチャーのみに走り、伝統的日本文学やそれらに基づく舞台芸術などにはまるで関心を示さない時代が到来したとしても、彼女にはその高い理念を貫き通し、一途に我が道を邁進してもらいたい。それはまた平野さんによる、今は亡き語りの世界の恩師らへの究極的な追悼の儀にもなるに違いない。

平野さんとは彼女がまだ早稲田の学生だった頃からの付合いのゆえに、その大成を期すべく、これまで長きにわたって厳しいことを言い続けてもきた。だが、今回、様々な想いを重ねながら舞台上の物語と演技の展開を目にするにつけても、平野さんのたゆみなき精進のほどと、それに伴う内的な達観の深まりの程が偲ばれ、衷心より喝采を送ったようなわけであった。

(本田成親)