時の流れゆくままに・14 | 府中まちコム
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作成日 2022.04.13

この記事の分類 府中絵日記, 随想

時の流れゆくままに・14

2022年4月13日(水)

直木賞作家の乃南アサさんから新著「続・(いぬ)(ぼう)日記」(双葉社刊)が贈られてきた。「犬も歩けば棒にあたる」の諺に(ちな)むその書名が物語るように、それは彼女が日常生活を送るなかで偶然見かけた興味深い人物や出来事について述べ記した日記風の作品である。一流作家の名に恥じず、その観察眼は実に鋭く、またその文体も軽妙そのもので味わい深い。

乃南さんがまた新人作家だった頃からの長い付き合いゆえに、私のところには新著が刊行されるごとに必ず一冊贈呈されてくる。大著を含め膨大な数にのぼるその作品群の一部は、私の手で府中市立図書館に寄贈してあるので、関心のある方はご一覧なさるとよい。

若い頃の彼女は実に行動的で、大型バイクに跨って国内各地を疾走したり、ツテを介して丸の内の警視庁の食堂などに潜り込み、さりげなく振舞いながら警官らの会話に聞き入ったり、また、監察医らによる遺体解剖の生々しい現場などを見学させてもらったりしていたようである。それら一連の行動体験が優れた作品として昇華したことは言うまでもない。

私の手元には乃南さんゆかりの品が二点大事に保管されている。その一つは、沖縄の久高島土産として彼女から貰った見事な「海蛇の干物」である。琉球王国の貴族が好んだという高級食材で、煮出してスープを味わうよう勧められたが、それから程なく彼女が直木賞を受賞したので、食するのは思い留まり、今は「乃南海蛇様」と称して自室の桟上に祀ってある。

もう一つは、狼犬を描いた作品「凍える牙」で直木賞を受賞した際、その記念品として彼女から貰った、「受賞作」と「狼犬のデザイン入りTシャツ」のセット品である。女性心理や動物生態の描写にかけては右に出る者のいない彼女だが、かつてのその愛猫の魂がいまは府中市の慈恵院に眠っている。彼女は折々その慰霊のため、同院に参詣してもいるようだ。

(本田成親)