時の流れゆくままに・31 | 府中まちコム
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作成日 2023.09.07

この記事の分類 府中絵日記, 自然・動植物, 随想

時の流れゆくままに・31

府中市住吉小学校前から多摩郵便局や読売新聞社印刷施設の裏手を通り抜け、遊歩道を郷土の森方面に向かって進むと、その道沿いの左脇に生垣に隠されるようにして小さな休憩所が設けられている。そこには府中市民憲章の彫り刻まれた小ぶりな石碑が設置されているほか、木製のベンチも2~3個並べられている。ただ、ごく目立たないささやかなスペースだけに、そこのベンチに腰を下ろして休憩を取る人の姿などは滅多に見かけられない。

だが、私は、早朝散歩などでその遊歩道を辿る折には、必ずそこのベンチに腰を下ろし、しばし黙想に耽ることにしている。ベンチの真向かいには、すらりとした幹とそこから四方に伸び広がる枝ぶりのとても整った育ち盛りの楠の木が1本立っていて、黙考を続ける私の姿を、何事かを語り掛けでもするかのようにして見下ろしてくる。そこで私もそんな楠の木に応じるかの如く、心中深くに湧き上がる想いを相手に向かって呟きかける。

「お前の仲間の長老たちがそうであるように、いずれお前も20メートを遥かに超える大木となるのだろうな。まだ何百年も先のことだろうけどさ。老い先の知れた人間のこの身などは、あと何年こうしてお前と向き合うことができるかわからない。まあ、この自分を含めて人間なんて愚かなことこのうえないものだから、お前はそんな人間どもの姿を眺め下ろしながら、お前なりの真っ直ぐな樹生をひたすら生き抜いていくがよい。激しい風雨の中や強烈な日差しの下でたとえその身を揺することはあったとしても、お前はけっしてそこを動くことなく、この世界を黙々と見つめ続け、そしてその変遷を記憶しておいてもらいたい」

そして、さらに一言付け加える。「ただ、ひとつだけ注意すべきは、生き急ぐ愚かな人間どもがお前を邪魔者扱いにしたり、逆にその体を利用しようとしたりして、突然無抵抗のお前を切り倒す行為に出ることだ。それを防ぐには、一刻も早く人間どもを圧倒するような存在感をお前が身につけていくしかない。俺はそんなお前の前途をひたすら祈るのみなのだ」

すると、幻聴かもしれなかったが、「わかったよ。あんたの言う通りの存在感を身につけながらこの世界を凝視し続け、もう何百年かは真っ直ぐに生き抜いていくことにするよ。その間に人間どもがたとえ絶滅してしまったとしても、あんたのことだけは記憶の片隅に留めておくことにするからな・・・」という囁き声が早朝のそよ風に乗って流れてきた。

(本田成親)