時の流れゆくままに・32 | 府中まちコム
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作成日 2023.10.07

この記事の分類 府中絵日記, 自然・動植物, 随想

時の流れゆくままに・32

深夜の午前1時、多摩河畔の南の空高くには美しい満月が輝いている。こんな時間に多摩河原へとやってきたのは、それなりの訳があったからである。中学生時代まで鹿児島県の離島暮らしをしていた私は、明るい月光に照らされてくっきりと地面に映る自らの影を眺め、半ばそれに親しみを覚えながら育ってきたものである。満月の夜などには、周囲に街灯など全くない野原や浜辺に出向き、煌々たる月下のもと、自身の影と共に一帯の景色が静かに浮かび上がる独特の風情を楽しみもしたものだった。ちなみに、澄み切った満月の光の下でなら、ちょっとした本を読むことさえもできたものである。

だが、都会暮らしをするようになってからというもの、自らの住む界隈で月光によって映し出される自身の影を見ることなど皆無だった。何処へ行っても明るい街灯が点っていて、それらによる影は映し出されるものの、月光による影のほうはすっかり薄れ果ててしまい、目につかなかったからである。そこで、久々に月光を浴びながら地上に延びる自らの影を見てみたいと思い立ち、満月が高く昇る深夜に多摩河畔に足を運んでみたような訳だった。

最初は暗めのところを探しながら「風の道」として知られる府中市側の土手上を歩き回ってみた。だが、どこも街灯の明かりや周辺の建物から漏れ出る光の影響で路面はそれなりに明るく、月光による自分の影をはっきりと確認できるようなところは見当たらなかった。そこで土手から河原へと降り、街灯などから極力離れた水辺に近い深い草叢へと分け入ってみた。すると、期待した通りに、広い草地の上に己の分身とも言うべき影法師がくっきりと浮かび出たのである。

満月を背にして両腕を大きく振ると、影法師のほうもそれに呼応した動きを見せてくれた。そして、久々に目にするそんな月下の影絵の世界に遠い日々の想い出を重ねながら、しばし草叢に佇むうちに、老いた身の胸中にささやかな一首の短歌が湧き上がってきた。

  月光の吾が影映す多摩川の草叢を踏む余生問ひつつ

(本田成親)