時の流れゆくままに・41 | 府中まちコム
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作成日 2024.07.05

この記事の分類 府中絵日記, 随想

時の流れゆくままに・41

「天使の辞典」草稿より抜粋

(怪獣)
人間の姿を纏った怪獣は政界や経済界に我が物顔で跋扈(ばっこ)していることが多い。「選挙運動」などと称する一種の怪しげな自己演出用の舞台装置を利用して、にこやかな表情で「皆様のお心にどこまでも寄り添います」などというもっともらしい虚言を吐き通したりもする。そしていったん政界などに進出すると、天性の強欲さや横暴さをもって、騙し欺いた数々の庶民の血肉をしゃぶり尽くす。庶民がその正体に気づいた頃には、完全に支配されてしまい、最早抵抗のしようもないような状況に陥っていることが殆どだから、厄介なことこのうえない。しかもこの怪獣は時折そんな庶民の一部の精神や肉体にも直接にとりつき、その人物を自らの分身に仕立ててしまうこともあるから悪質なことこのうえない。

如何にも人間らしい外見を装うこの種の怪獣の正体を素早く見抜くには、清貧な心構えとそれに伴う理性の働きとが不可欠とはなるのだが現実問題としてそれは容易な話ではない。そもそも人間という生命体のなかには清貧さなどには無縁な自己生存本能――すなわち、自分が生き延びるためには、いざとなったら他者の生存権などどうでもよいとする、極めて自己中心的な本能が眠り潜んでいるからなのである。

人間というものはゴジラやモスラをはじめとする数々の空想上の怪獣を生みだしてきたが、それが我々の思考の産物である以上、それら一連の怪獣には自らが宿命的に背負う醜悪な遺伝子の情報が何かしらのかたちで反映されているに違いない。動物園では様々な猛獣類を飼育しその姿を観客に公開しているが、米国のある動物園では、かつて、出口に近いあたりに、「世界で最も獰猛な動物」と表記された檻が配置されていたという。そしてその檻の奥には大きな鏡が設置されていて、観客自身の姿が映し出されるようになっていたらしい。どうせなら、その事例に倣い、自宅の洗面所の鏡の脇に「世界で最も悪辣かつ不遜な怪獣」と記した紙でも貼りつけておき、そのうえで日々自らの顔を眺めるようにしておいたほうがよいのかもしれない。

(北風)
常々悪者扱いされてきている北風だが、その実は、猛暑の折に涼しい大気を運んできて人心を癒してくれたり、美しい雪景色を生みもたらしてくれたりと、隠れた蔭の善人的側面をも内有する存在である。それに較べると、猛暑や豪雨、強風がつきものの南風のほうがよほどたちが悪い。その意味では、童話「北風と太陽」の向こうを張って「南風と太陽」という新作を誰かに執筆してもらう必要があるかもしれない。夏場に異常な酷暑が続く近年の様相からすると、「北風大明神」という新たな明神様でも祀り上げるようにしなければならないだろう。

(本田成親)