アニメの源流をたずねて ― 「HOKUSAI - ぜんぶ、北斎のしわざでした。展」 | 府中まちコム
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作成日 2025.11.05

この記事の分類 府中絵日記, 美術・工芸

アニメの源流をたずねて ― 「HOKUSAI - ぜんぶ、北斎のしわざでした。展」

2025年11月5日(水)

6歳の頃から90歳で死ぬまで3万点もの絵を描き、晩年は画狂人と名乗ったという葛飾北斎。その作品に18歳のときに魅せられて以来30年以上も収集を続けているという浦上満氏の個人蔵300点が京橋のCREATIVE MUSEUM TOKYOで公開されている。

中でも『北斎漫画』は圧巻。集中線やコマ割りなど現代のマンガやアニメに見られる表現技法を200年も前に編み出していたことに驚嘆した。これまであまり真剣に見てこなかったアニメだが、これを機に見直してみようという気になった。

北斎の画風が西洋に伝わって多くの画家に影響を与えたことは知られているが、当人は外国の画法に興味を持って熱心に研究していたという。黄金比も知っていたのではないかという説も。その旺盛な探究心だけでなく、大勢の弟子にいちいち教えるのは大変だと惜しげもなく描画の教本を作ってしまったという熱量にも感じ入った。

展示されている『富嶽百景』の絵には、急斜面を危なっかしく降りる人や風雨の中を前かがみに歩く人など、どれも人間が活き活きと描かれていたが、生まれ育った大森と今住んでいる武蔵野には生活者の気配がなく、ひたすら殺風景で、思わず笑ってしまった。どこまで深い、洞察力。

(関口まり子)

「HOKUSAI - ぜんぶ、北斎のしわざでした。展」