時の流れゆくままに・27 | 府中まちコム
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作成日 2023.05.04

この記事の分類 府中絵日記, 随想

時の流れゆくままに・27

去る3月下旬のことである。手元の携帯が鳴ったので発信者名を確認すると、60年来の親交のある友からのものだった。だが、その直後に耳にしたのは、「夫が脳溢血で他界しました」という、悲痛そのものの奥様の声であった。著名人であったその友の急逝は諸般の事情からしばし公表を控えたいと言うことでもあった。

身内だけの家族葬に門外者として臨席することを許された私は、「我もまた やがて往くべき 彼岸にて 逢はんとぞ願ふ 涙ながらに」という拙い自詠の弔歌を記した色紙を持参した。そして、柩の中で静かに眠る友の胸元にそれを納め、胸中の悲しみを抑えながらそっとその御霊の冥福を祈った。さらには、炎で浄化された遺骨の収納にも臨ませてもらった。

その友人とは著名な評論家の芹沢俊介氏、広汎な分野にわたる重厚な論著、なかでも教育論、家族論、少年犯罪論、作家論などに関する優れた著作を次々に上梓した稀有な才能の人物である。深く鋭い考察に満ちたその一文は高校の国語の教科書などにも収録されたものだった。高名な思想家・吉本隆明の直弟子でもあった同氏は、「常に弱い者の立場に寄り添って社会的問題の論考を進める」という若い頃からの信条を生涯にわたって貫徹し抜いた。

かつて私は、長年にわたって府中市生涯学習センターでの「学びの森の散歩道」という講座の企画運営に携わっていた。諸々の著名人を呼び、例年12月に5回にわたって開催されていたその講座に、芹沢氏だけは毎年のように講師を依頼していたものである。またプラッツのバルトホールにおいても、晩年の同氏が深い論考を進めていた「養育論」についての講演をしてもらった。その意味でも芹沢氏は府中にとてもゆかりのある人物だったのだ。

実をいうと、芹沢氏には、来たる7月22日(土)の午後、私が代表を務めるリベラルアーツの会主催の教養講座で、「歎異抄の親鸞」というテーマでの講話をしてもらうことになっていた。だが、最早それは叶わぬことになってしまったので、当日は私が「評論家芹沢俊介氏の逝去を悼み、その真摯な足跡を偲ぶ」と題する追悼講演を行うことにした。

芹沢氏が恵贈してくれた最後の著作、「芹沢俊介養育を語る 理論篇」(オプコード研究所)に挟まれた贈呈カードの添え書きには「本田様 とんでもない時代が来てしまいました。どう生きていいのやら・・・お元気で。 芹沢拝」という、胸に迫る一文が記されていた。

(本田成親)